- 会山行(夏合宿)-
記 録 : | 森田 |
期 間 : | 8月2日(木)~4日(土) |
参加者: | 貴堂(CL)、川野(SL)、井山(食)、森田(記) |
行 程: | 8月2日 |
相模原3:00発→扇沢6:20着→扇沢トロ-リバス始発7:30→室堂9:30着 室堂9:50発→地獄谷10:00→別山乗越~剱沢13:30着(幕営) |
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8月3日 | 幕営地4:00発→源次郎尾根取付5:30→剱岳山頂13:10→幕営地18:30 | ||
8月4日 | 幕営地8:00発~新室堂乗越→室堂11:45着~大町温泉~相模原19:00 | ||
概 要: 台風5号が間近に迫ってきた中での山行となり、天候による計画の中止か決行か。 判断に大変迷うことになった。とにかく、行った先々での判断で行動を決めることにし、結果、A班との 合流も果たし、大成功となった。 |
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8月2日 曇りのち晴れ 今回の夏合宿の前に、プレ合宿として、やはり北アルプス縦走を計画していた。7月中旬3連休のことである。 これがみごとに台風3号とかちあい、中止となった。この残念な記憶が新しいなか、今回の剱岳夏合宿も、台風 5号が間近に迫ってきていた。 「またかよ・・・。」正直、私は今回もダメだと思った。気象庁の台風進路予想図は、的確に日本列島をとらえ、 我々が8月3日に源次郎に取り付くその日、関東を直撃することになっていた。台風にやられるのはこれで2度 目だ。ホント、くやしい。 チーフリーダの貴堂さんをはじめ、B班の各メンバーは密接に連絡をとりあい、台風の進路を注視し、山行計 画決行の可否を、ぎりぎりまで待って判断することにした。 出発ぎりぎりの前日。携帯に電話がかかってきた。CLの貴堂さんからだ。この電話で最終判断がくだる。そう 思った。 「どうする?やめるか?」 「行きたいです。」 「台風きてるゼ。」 「う~ん。とにかく行ってみる、というのはどうなんでしょうか。ダメでしょうか?」 私は貴堂さんには申し訳なかったが、ダダをこねた。メンバーの安全を一番考えなければならない立場で、この ようにダダをこねられて、さぞかし迷惑だったかも。でも、少しでも可能性があれば、北アルプスを一目見てみた いのである。ろくに大きな山を縦走したことのない、初心者にとって、あこがれであり、この山行計画にはもう、本 当に楽しみにしていたのだ。 あとで貴堂さんに聞くことになったが、私のこの「ダダこね」で、計画の決行を決めたのだそうだ。とにかく行っ てみて、行った先々の天候状況で判断する、という条件付だ。 とにかくそういうことで、なんとかこの日、計画とおりに午前3時、貴堂さんの車で、最後のピックアップである川 野さんをひろい、出発したのである。 中央道をひた走る。 諏訪の手前まで、気になる空はどんより曇り空。 「クソー。やっぱり台風の影響かなぁ。雲が厚いなぁ。」と私。 「でも、行き先のはるか向こうは明るくなってるねぇ。」と井山さん。 「あ。あの雲の形。笠の形してるヤツ。あれ、よろしくないなぁ。」と川野さん。 疾走する車のなかで、メンバーそれぞれが、空模様に一喜一憂する。それでも茅野市を通過したあたりから、天 気はよくなってきた。 御前6時20分扇沢着。マイカーはここまでだ。あとは公共の交通機関で室堂までいくしかない。扇沢始発7:30ト ロリーバスに乗り込む。室堂まで往復8,800円なり。ウヒー。高ぇ!ちょっとビックリの運賃だ。まあ、自然環境に 配慮した、ここ特有の乗り物なので、当然のコストかな、と理解しつつ、ケーブルカーで黒部ダムまで。ロープウ ェイで黒部平と乗り継ぎ、またトロリーバスでいよいよ室堂ターミナル9:20に到着だ。 |
高いねぇ。 往復8,800円だって。 扇沢駅にて。 |
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ここで致命的なアクシデント発生。なんと私、行動食を忘れていた。これほどの有名観光地だから、なんでもそ ろうだろう、と、たかをくくったのである。あわてて食い物を買い求めたが、コンビニなんかあるはずもなく。しょう がないので、ターミナル内のみやげ物で間に合わせた。ナントカ餅やら、ナントカクッキー。とほほ。 気を取り直し、ターミナルから外へ。 するとここはもう、室堂平。 スゲー! 初心者の私にとっては、この光景は身にあまる。写真では何回も見たから知っている場所だが、実際にこの場 所に立ってみないと、この迫力は説明できない。とにかく自分が立っている平野の周り、360度、間近に大きな 山が、ドッカンドッカン置かれている。どれも手をのばせば届きそうである。さあ、どの山にする?と山々からお誘 いを受けているようで、なんとも不思議な気分だ。名峰の超贅沢バーゲンセール。 天気は快晴だ。ここまできてこの天気ならば、これからの天気にも期待したい。9:50ここを出発。室堂平の延々 と続く石畳をゆく。 10:00地獄谷通過。中学生だろうか。修学旅行の大勢の生徒とすれちがう。硫黄の臭気に閉口している様子。 10:30雷鳥平野営所通過。色とりどりのテントが、花咲くように張られている。大きなテントが目立つ。中高生の山 岳部かな、大人数で楽しげだ。 ここを過ぎると、石畳も終わり。やっと山道らしくなり、別山乗越しまではちょっとした急坂がつづく。こうなると快 晴も敵になる。室堂の澄みきった空気は、太陽光をダイレクトに大地へと運び、紫外線がいや応なしに肌を焼 く。 暑い。ときおり吹く、ひんやりとした涼風が、せめてもの救い。川野さんが、いつものように先頭に立ち、ペースメ ーカとなる。安定した歩調に助けられ、暑さに閉口しながらも、雷鳥平野営所から約2時間で別山乗越しに到 着。12:25剱御前小舎着である。 |
いやぁ、暑い暑い。あと、もうひとふんばりだな。 剣御前小屋前の分岐点にて。 |
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別山乗越から室堂を一望できる。まるで天空を歩い ているようだ。 |
しばらく休憩した後、ここを12:50に出発。剱御前小舎からは、本日の幕営地、剱沢までは下りだ。快調に歩き 飛ばし、13:30剱沢に到着。幕営開始。 今回の夏合宿のA班は、我々B班より1日早く行動している。予定では、剱岳から下山してくるA班と、そろそ ろ、ここで合流することになっている。計画ではそうなっているのだが、台風の影響で、我々B班がはたして計画 とおりに、ここへこれるかどうか。A班としては心配していることだろう。 「上溝の夏祭りで、松本さんとバッタリ会ってね。」 井山さんは、ここに来るまでに、よくこの話をしたっけ。 「必ず剱沢で会いましょうってね。約束したの。会えるかなって松本さん言うから、必ず会えますよって、言っと いたの。」 A班のテントは、すぐにみつけることができ、我々B班はその隣にテントを張った。剣岳といえば、一般ルートで も難所がいくつもあり、楽な山ではない。でも大丈夫。もうすぐA班は下山してくるはず。きっと元気なA班と合流 できる。 待つこと1時間あまり。来た来た。A班の面々。みんな帰ってきた。月野さん、松本さん、新保さん、小林さん、 坂本さん。みな元気だ。剱岳から帰ってきた興奮が、まだ覚めやらんとした面持ち。 |
先発のA班との合流 表情はみな、はればれとしている |
「いやぁ、おつかれさん!無事に合流できてなにより。」 「すばらしかったですよ。剱は。明日、がんばってくださいね。」 さすがに疲れた、という人あれば、感極まって泣く人もあり。 憧れの剱岳から帰ってきたA班、これから明日、剱岳の源次郎尾根にアタックするB班。それぞれの思いが 出会い、感動の合流となった。 |
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合流できた喜びを9人でわかちあい、まずは乾杯だ。目の前に剱岳を仰ぎ見ながら。 山に囲まれたような剱沢は、午後7時をまわっても、まだ明るく、西の空が赤く染まっている。明日の天気を約束し てくれているようだが、台風はいま、どこまできているのだろうか。合流の宴はまだつづく。 8月3日 曇りのち晴れ 夜半暴風雨(台風通過!) 午前3時起床。 われわれB班の、源次郎尾根アタックの日。いよいよだ。 朝食は行動中にすることになっている。 午前4時。出発。 A班のテントより、小声での「行ってらっしゃい」。 早朝だけに大きな声をだせない。「行ってきマス」。 先頭はもちろん川野さん。あたりはまだ暗く、ヘッドランプが必要だ。しばらくして雪渓に出る。午前4時40分。日本 三大雪渓のひとつ、剱沢雪渓である。 |
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私が今回の山行で楽しみにしていた一つが、この雪渓である。夏の盛りなのに、どうしてこんなところに雪が大量 に残っているのか。この目で見、その上を歩いてみたくてしょうがなかった。 で、いまその前にいる。広大な谷間の一面、雪というか、デコボコしたアイスバーンというか、やや急斜面で目で 見えるかぎり、はるか下まで氷で埋め尽くされている。よほど寒いのかと思ったら、そうでもない。 とにかく軽アイゼンを装着して、雪渓の上で飛び跳ねてみた。ザクッとアイゼンの歯が雪に入り込み、キーンという 金属音も少し混じり、ザキーン、ザキーン。しばらくそうやって、自分が雪渓のなかにいることを味わった。 もくもくと雪渓を下ること30分。目印となる岩を通過し、5時26分に源治郎尾根取り付き点に到着。ここまでは全 くもって時間通りだ。 すでに別のパーティーが、我々より少し早く到着、これより取り付くところに出くわした。源治郎の取り付きは、従 来は尾根を二分しているルンゼから入るのが一般的なのだが、最近ではこのルンゼ左側のブッシュを抜けるルー トが、かなり使われるという。 向こうは、この取り付きでよいのかどうか、定かでないようで、後からきた我々に尋ね |
別のパーティーが既に取り付こうとしており、 声をかけられる。 「ここ、取り付きですよね」 「そうそう、最近ではここが取り付きになってい るみたいだよ。」 踏み跡がついている。まちがいないだろう。 |
てきた。我々だってここは初めてだが、前もって取り付き点は、計画担当の貴堂さんが詳細に調べあげているの で、まぁ、ここでいいんじゃない?と貴堂リーダーより助言さしあげ、先に行ってもらった。 さあ、我々もアイゼンをはずして、いよいよ源治郎尾根にアタックだ。メットをかぶり、先頭は貴堂リーダー。 「かなりの急斜面だね。草や木を掴みながら登るようだ。気をつけないと落ちるよ」 ものすごいヤブコギになった。源治郎尾根といえば、約30メートルの懸垂下降をハイライトとする、どちらかとい えば岩、登攀のイメージなのだが、最初はヤブコギの洗礼を受けることになる。 「イテテ、枝がひっかかった」 「ここ、すべるよ。この根っこを持つといい」 「せまいっ!こんなとこ、どうやっていくねん!」 みな、すきずきに文句を言って、じつはヤブコギを楽しんでいるかのよう。 午前6時30分、ようやくヤブコギ終了。ここで朝食だ。 食当の井山さんの腕の見せどころ。狭いスペースを見つけると、そこにさまざまな食材を広げた。ロールパンに ハム、バター、野菜をあっというまに挟み込む。スープだってある。できたものから、ここから勝手にとっていけ、と いう。じゃ、遠慮なく。パクリ。う~ん、うまい!源次郎尾根の中で、その場で手作りの朝食をいただけるとはね。 まいりました。山深いバリエーションルートの中で、大変贅沢な朝食でした。 午前7時ちょうど。ここからは登攀になる。全員ハーネス装着。冬用のドカ靴をはいてきた貴堂リーダーが先陣 をきって岩をのぼり、ロープを出す。みな、これに続く。 |
さあ、登攀開始だ。 | |
登攀としては、そう難しい場所はなかったが、我々が進んだルートは、どちらかというと、樹林帯が多く、人気ルー トというわけでもないので、踏み跡がはっきりしていない場合が多く、ルートファインディングが大変だった。 登ったと思ったら、くだる。下ったと思ったら、また登る。けっこうキツイ。ロープを出す場所はあまりなく、ホールド が比較的豊富で登りやすいが、気は抜けない。一歩間違って足でも滑らせたら、いっかんの終わり。緊張した登攀 が延々とつづく。 ところで、前のパーティーはいま、どの辺をいってる?我々とは違うルンゼコースをいってるようだが。岩場に彼ら の声が、遠く、こだましている。 「ラーク!ラーック!」 聞けば落石を伝える絶叫に近い声である。直後にドッシャ~ン!ガッシャ~ン! 「ひえ。大丈夫かいな彼ら。」 我々がとったルートが正解だったかな。先行したパーティーは、どうやら頻発する落石に四苦八苦している様子 だ。 我々もいま、どのへんに到達しているのか。まだⅠ峰目なのかな。あれに見えるのがⅡ峰目かぁ?登攀開始から 数時間経過しており、メンバーに疲労がたまってきているのがわかる。連続する緊張の登攀で、息が荒く、やたら と、のどが渇く。いきおい、休憩する回数も増えてくる。ただ、抜群の展望と高度感が、我々を癒してくれた。さすが 源次郎だ |
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しかし、しかしだ。長い。実に。 5時半に取り付き、6時間近く登攀をつづけている。予定では、懸垂下降を終え、剱の頂上を目指していなけれ ばならぬ。頂上に着いたら、今度は下山。下山するのって、けっこうキツイ。これまで苦労して登ってきた分、同じ 苦労で下らなくてはならないのが山である。こう思うと、現時点でこんなに疲れていて、先が思いやられる気分にな ってしまう。 と、へこたれそうになったところで、源次郎尾根の終点、懸垂下降ポイントに到着だ。Ⅰ峰目まではずいぶんと 時間がかったが、Ⅱ峰目にはいってから終点までは、けっこう短かったのだ。午前11時40分。予定よりだいぶ遅 れての到着だが、目標地のひとつに到着したことで、疲労感がすこしやわらいだ感じだ。 さあ、源次郎のハイライト。30メートルのダイナミックな懸垂下降を、カッコよく決めようではないか!う~ん、で も、チョット怖いかも。ぶっちゃけ、足がすくむ。 先頭をきって下降したのは、川野さんだ。すいません、川野さん。さっそうと下降していく川野さんの勇姿を、カメ ラに収めたかったのですが、下を見るのがおっかなくて、できませんでした。ホントすいません。 |
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2番手は初心者の私。進んで志願した。腹をくくって、ザイルをエイト環に通す。所定の位置まで進むよう、貴堂さ んから指示がでる。ザイルに全体重をまかせると、びん、とザイルが張りつめ、ハーネスを通して腰にその感触が 伝わってくる。いよいよだ。 右手に握り締めたザイルを、徐々に緩めた。ゆっくりと下降を開始。緊張の瞬間だ。下を見ると、地面がはるか に遠い。メチャメチャな緊張感。ザイルを握る手で、微妙にスピードを調節する。このスピードに合わせ、一歩一 歩、ポクリ、ポクリと岩壁につっぱった足を進めていく。ときおり、強い風が吹く。下に垂れたザイルを流してしまう。 本当は怖くてびびっているのに、鼻歌をうたってみた。下降するにつれ、恐怖感が薄らいでいく。周りの景色を楽し む余裕さえでてきた。ゲレンデとは違い、ああ、なんて眺めがいいんだろう。人間、腹をくくると以外に冷静になれる ものだ。 これまでゲレンデでのトレーニングをつんできた。貴堂さんや川野さんの指導があって、う~ん、今こうして本番に 臨んでいるのだよなぁ。剱の最高の場面で、これまでの経験がいかされてるよなぁ。なんて、感謝の気持ちがわい てきたところで、地面に到着。ほう、と、安どのため息。ああ、以外に楽し。 次、井山さん。下から見てると、フツーに降りてくる。今回のメンバーの紅一点であるが、ほんと、大した女性だ。 脱帽である。最後に貴堂さん。ひょいひょいと下降。そりゃそうでしょう。もう、ウン十年も、山や谷や沢やスキーに 釣り、やってますもの。 ここまでくれば、目的の大半は果たしたも同然。あとはなだらかなハイマツ帯の岩稜をつめて、剱岳の頂上を目 指す。 13時10分、剱岳山頂に到着。どうも、どうも。お疲れ様です。 |
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ハイ、みなさんいい顔してくださいね |
剣の山頂、イェーイ!
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一般ルートでやってきた人たちが、すでに山頂に何人かいる。山頂の、とんでもないところからヘルメット姿の4人 組がひょっこり現れたので、すこし面食らっている様子。 「みなさん、どこからきたんですか。」と聞かれる。 「ええ、ちょっと。そこの源次郎尾根から、いましがた、ね。」 「へぇ~・・・・。」 バリエーションルートで来た事を、ちょっとだけ自慢しちゃいました。 さて、山頂でたっぷりと休憩をとっていると、携帯でなんと、帰路についているA班との交信に成功。今しがた源治郎 尾根からの山頂踏破が成功したことを伝えることができた。さあ、台風がくる前に下山しよう。14時ちょうど、山頂 をあとにする。 カニのヨコバイいというところ、通過。一般ルートにしては、結構キケンなところだ。りっぱな鎖が設置されてはいる が、手を滑らせて下へ落ちれば、確実に死ぬ。そして、あそこに見えるのが、カニのタテバイ、と教えてもらった。登 り専用だとか。 長い下りが続いたあと、前剱へ登り返すちょっと手前。われわれがチャレンジしてきた源治郎尾根を真横から見 るポイント発見。シャッタを切る。下の写真がそれで、右がⅠ峰、左がⅡ峰。Ⅱ峰の左端がすとん、と切れ落ちてお り、これが懸垂下降ポイント。へぇ、あそこを我々、降りたんだねぇ。 |
と、ここで一本とったところで、あー、もー。疲れた。前剱の登り返しなんか、見ンのもヤ。2リットル近くもってきた 飲み水も底をつき。だれか余ってたらチョーダイ。ん?空から冷たいものが。いよいよ空模様がおかしくなってき た。突風も吹き出したし、体力が限界に近づいてきた。マズイ。なにか口に入れるものを探して腹にいれるも、ちっ
ともうまくない。これ以上食いたくもない。ヤバイ。 まあ、それでもなんとか前剱を越えると、一服剱。すると山小屋が下の方にみえるではないか。やっと人の営み が見えるところまで、帰ってこれたか。ちょっと気分的に疲れが癒えたかな。この瞬間だけ。 あたりがだんだん暗くなってきた。雨が強く降ったり止んだり。台風がもう、そこまでやってきている。足がとっくに 棒になったが、転がるようにしてズンズン降りる。下山を始めてから2件目の山小屋、剱沢小屋で水をがぶ飲みす る。 この山小屋、以前、雪崩にやられて、新しく建て直したとか。部屋の中はこうこうと明かりがつき、新築ならではの 清潔感にあふれている。夕飯の支度ができたの、なんだのと、館内放送が外まで聞こえてきた。うらめしや。 突風にあおられて、我々のテントが飛ばされてやしまいかと、心配した貴堂さんは、どんどん先にいってしまう。つ いてけない。もう、フラフラ。それでも、いくつかの雪渓をわたり、少し登り返すと、だんだん見覚えのある風景にな り、階段を上りきったところが野営管理事務所。ああ、幕営所に到着したのだ。18時30分。 「お疲れ!」 先に到着した貴堂さんが出迎えた。 すこし離れて、川野さん、井山さんも到着。 「お疲れ!」 本当ですよ。疲れました。燃え尽きて灰になりましたね。真っ白な灰。あしたのジョー。 テントは一応無事だったようだが、それでも風に飛ばされて、位置がすこしずれていたそうで、テントの中に残して きた荷物がぐちゃぐちゃだったそうな。 14時間以上、行動していた我々は、疲れた体にムチを打ち、テントの中で夕飯の支度。と、いきたいところなの だが、「食欲がない」の私の一言に他のメンバー目を丸くし。いつもはガツガツと食欲をみせているヤツが、あまり の疲労でメシが食えないということに、大変おどろいていたというか、おもしろがっていたというか。 それでも、ビールは別腹だ。ロング缶を買ってきてもらい、源治郎尾根の踏破成功を祝し、テントの中、4人でさ さやかに乾杯。 結局、他のメンバーも、私につきあったわけではないだろうが、酒の肴に副菜を食しただけで、本日の夕飯はおし まい。すいませんね、井山さん。食当なのに。本日はもう、寝るノダ。死んだように。 ところが、ここで素直に寝かせてくれないのが、剱なのだ。寝にかかったと同時に、ものすごい風が吹き荒れた。 いよいよ台風がここを通過するのだ。 考えようによっては、大変な幸運なのかもしれない。予報では、間違いなく本日中に台風が関東を直撃すること になっていた。でも、行動中は、お天道様がなんとか台風を押しとどめてくれて、我々がテントに帰り着いたところ で、暴れたがる台風をときはなしたのだ。おかげで、源治郎を無事に踏破できたのである。ありがたい。 そう思うと、吹き荒れる風もありがたく思える。いいですよ、これまでこらえていただいたのですから、思いっきり 吹いてくださいな、てな感じ。 ゴーッ!ものすごい風がテントを押す。端のほうで寝ていた私や、井山さんの顔に、風で押されたテントが覆い被 さる。死んだように寝るつもりだったが、とんでもない。寝るどころではない状況だ。 「もう、息ができなかったですよね」 「私なんて、外から風に押されて、中のほうに押しやられたわよ」 「俺なんか、真ん中で寝てたけど、やっぱりテントが被さってきたネ」 翌日、どれだけ自分が不幸なめにあったか、自慢しあった。山へはいれば、良いこともあるが、修羅場も経験しな きゃならん。とは貴堂リーダーのお言葉。そう。私もそう思う。だから、今夜のことは貴重な体験をさせてもらったと 思うのだ。 8月4日 曇り・霧・晴れ 午前6時起床。テントの天井に吊してあったメガネが、どこかへ吹っ飛んだ。探し当てたが、誰かの下敷きになっ ていたらしく、フレームが見事にひん曲がっていた。手で曲げなおして応急処置。 風はやんでいた。台風は昨夜のうちに通過し、かわりに濃い霧を残していった。 さあ、本日は下山だ。 朝食の支度にかかる。昨晩、メシが食えなかった分、腹が減った。本日はもう、帰るだけだから、食事もあわて ず、ゆったりと摂った。 テントをたたむ。濃い霧がまだ、あたりをつつんでいる。 8時ちょうど。剱沢をあとにする。最後に剱岳を拝んで帰りたかったが、まっ白で何も見えない。すこし雨も混じって いる。体が冷える。 ここから別山乗越しまでは、登りだ。同じ時間帯で、みんな下山にかかるので、けっこう混み合っている。8時50分 別山乗越しに到着。 ここで、貴堂リーダーが私の顔をのぞき込んで、ぎゃはは、と笑うではないか。ん?どうして笑うの?聞けば、私 の目の下に、それは見事な隈取りができていたそうな。 そうか。そういえば、今回の山行は、自分が思っている以上に、体に負担がかかっていた、と振り返ることができ る。そもそも、自宅を出るところから、会社からの帰りが遅かったので、一睡もしていなかったし、だいたい、ここま で来るまでの、見るもの聞くもの、体験することが、いちいち感動的で、すばらしくて、もう、なにがなんだか・・・。 「その顔、え~と、誰だっけ。トゥギャザーしようぜって言う、ル、ルー・・・。」 「ルー大柴?」 「そう!ルー大柴にそっくり!やつれた感じが。」 しつこい。まだ私の顔をネタにして笑ってる。 「人間の顔じゃない。」 ああそうですか。 「ゾンビだ。」 ハイ、ハイ。写真にとっときゃよかったスネ。 この先、室堂ターミナルまでは、晴れることはなかった。11時45分着。 |
あいにくの天気にもかかわらず、室堂ターミナル内は、 観光客でごったがえしている。来るときは、登山客のほう が多かったと思うのだが、帰りは、一般の観光客のほうが、 圧倒的に多かったように思える。 霧に覆われた室堂であったが、トロリー、ロープウェイと 乗り継ぎ、扇沢まで降りると、天気は良くなっていた。荷物 をマイカーに載せ、大町温泉でゆっくりと汗を流す。 中央道を南下し、相模原に着いたのは19:00である。 どうもお疲れさま。みなさん、本当にありがとう。一生もの の思いでがまた一つふえました。 |